「推し」を応援する熱い気持ちが、いつしか暴走し、取り返しのつかない事態を招いてしまう…。
Vtuber業界が成熟するにつれて、残念ながらそうしたファンの過激な行動が問題視されるケースが増えてきました。
中でも、国内最大手のVtuber事務所「にじさんじ」を運営するANYCOLOR株式会社(えにから社)は、「攻撃的行為及び誹謗中傷等対策チーム」を設置し、所属ライバーや従業員を守るため、非常に毅然とした態度で法的措置を進めていることで知られています。
最近では、単なるネット上の誹謗中傷だけでなく、「えにから社のライバーとコラボするな、とコラボ相手の事務所にクレームを送りまくった人物が開示請求された」という噂がまことしやかに囁かれています。
この記事では、なぜ「コラボ相手へのクレーム」が法的措置の対象となるのか、その背景にある法律の仕組みと、えにから社の本気度を解説していきます。
もはや「警告」ではない。えにから社「対策チーム」の本気度
まず、今回のテーマを理解する上で欠かせないのが、えにから社がいかに誹謗中傷に対して本気で取り組んでいるか、という事実です。
えにから社は2022年に「攻撃的行為及び誹謗中傷等対策チーム(通称:対策チーム)」を設置しました。
その目的は、所属ライバーや従業員に対する「名誉毀損、プライバシー権侵害、脅迫、ストーカー行為」など、あらゆる攻撃的行為から彼らを守り、安心して活動できる環境を整備することにあります。
このチームの特筆すべき点は、その活動内容を四半期ごとにレポートとして公式に発表していることです。
「法的措置を検討します」という声明を出す企業は多いですが、えにから社は「今期は何件の通報があり、何件の発信者情報開示請求を行い、うち何件で情報が開示され、示談や訴訟に至ったか」という具体的な数字を公表しています。
これは、単なる脅しやポーズではなく、実際に行動し、結果を出しているという何よりの証拠です。
これまでに対策チームが対象としてきた行為は、主に以下のカテゴリーに分類されます。
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誹謗中傷・名誉毀損・侮辱
最も多いケースです。「〇〇は性格が悪い」「過去に犯罪歴がある」といった虚偽の情報の流布や、「ブス」「頭がおかしい」といった度を越した人格攻撃、さらには「枕営業をしている」といった根拠のない悪質なデマなどが含まれます。
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プライバシー侵害(特定行為)」
Vtuberの「中の人(魂)」に関する個人情報を暴き、ネット上に晒す行為です。本名、住所、顔写真、経歴などを本人の許可なく公開することは、重大なプライバシー侵害にあたります。
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脅迫・ストーカー行為
「殺すぞ」「お前の家はわかっている」といった生命や身体に危害を加えることを示唆する書き込みは、言うまでもなく犯罪です。警察と連携し、刑事事件として立件されるケースも少なくありません。
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悪質な切り抜き動画・虚偽情報の拡散
配信の一部を意図的に切り取り、前後の文脈を無視して、ライバーが問題発言をしたかのように見せかける「印象操作動画」も対象です。発言内容を捏造するフェイクニュースなども含まれます。
これらの活動からわかるのは、えにから社が「匿名だから何を言ってもいい」という考えを絶対に許さないという強い意志を持っていることです。
そして、その法的措置の網は、私たちが想像する以上に広く、そして厳しいものであることを理解する必要があります。
なぜ「コラボ相手へのクレーム」が問題になるのか?
さて、ここからが本題です。
「A(えにから所属ライバー)とコラボするな。Aには悪い噂があるから、お前のところのBの評判も落ちるぞ」
このような内容のクレームを、コラボ相手であるBの所属事務所に大量に送りつける。
この行為は、なぜ開示請求の対象となり得るのでしょうか。
一見すると、これはライバーA本人に向けられたものではなく、Bの事務所に対する「意見」や「忠告」のようにも見えます。
しかし、法的な観点から見れば、これは単なる「意見」の範疇を遥かに逸脱した、極めて悪質な「事業への攻撃」です。
この行為が悪質とされるポイントは以下の通りです。
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目的の悪質性
この行為の目的は、Bの事務所の判断に影響を与え、「コラボを中止させる」ことにあります。これは、Aとえにから社、そしてBとBの所属事務所が計画していた正常な事業活動を妨害することに他なりません。
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手段の悪質性
「悪い噂」が虚偽であれば、嘘の情報で相手を騙そうとしています。また、「大量に送りつける」という行為は、相手の事務所の業務を麻痺させ、精神的なプレッシャーを与える執拗な嫌がらせです。
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被害の甚大さ
もしこのクレームによってコラボが中止になれば、被害はライバーA個人の精神的苦痛にとどまりません。企画準備にかかった時間やコストが無駄になり、えにから社、Bの所属事務所の双方に経済的な損害が発生します。さらに、コラボを楽しみにしていた多くのファンをも裏切る結果となります。
つまり、この行為はライバー個人への攻撃という側面だけでなく、複数の企業やファンコミュニティ全体に実害を及ぼす、計画的で悪意に満ちた妨害工作なのです。
企業として、自社の事業とタレントの活動機会を不当に奪う行為を看過できるはずがありません。
法的根拠を徹底解説
では、具体的にどのような法律に触れる可能性があるのでしょうか。この「コラボ相手へのクレーム」行為は、刑事・民事の両面から責任を問われる可能性があります。
① 偽計業務妨害罪・威力業務妨害罪(刑法第233条、234条)
これが最も重く問われる可能性のある犯罪です。
「業務妨害罪」は、他人の業務を妨害する行為を罰するもので、手段によって「偽計」と「威力」に分かれます。
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偽計業務妨害罪
「偽計」とは、人を欺き、誘惑し、あるいは人の錯誤・不知を利用することです。今回のケースで「Aには悪い噂がある」という内容が嘘であった場合、その嘘の情報を使ってBの事務所を騙し、「コラボを中止する」という誤った経営判断をさせようとする行為は、まさに偽計業務妨害罪の典型例です。
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威力業務妨害罪
「威力」とは、人の意思を制圧するに足りる勢力を示すことです。脅迫や暴力だけでなく、執拗な嫌がらせも含まれます。電話を何十回もかけ続けたり、メールや問い合わせフォームを何百件も送りつけてサーバーをダウンさせたりする行為は、クレームを「送りまくる」という数の暴力によって相手の事務所の正常な業務を不可能にさせるため、「威力」と見なされる可能性が十分にあります。
業務妨害罪は「三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金」という重い罰則が定められている重大な犯罪です。
② 信用毀損罪・名誉毀損罪(刑法第233条、230条)
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信用毀損罪
虚偽の風説を流布し、人の経済的な信用を傷つける行為です。「悪い噂がある」という嘘をBの事務所に伝えることは、ライバーAの「タレントとしての信用・商品価値」を毀損する行為と見なされ、信用毀損罪に問われる可能性があります。
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名誉毀損罪
公然と事実を摘示し、人の社会的評価を低下させる行為です。この場合、「Bの事務所」という第三者に伝えることで「公然と」の要件を満たすと判断される可能性があります。「悪い噂」の内容が仮に事実であっても、公共の利害に関わらない事柄であれば名誉毀損は成立し得ます。
刑事罰とは別に、民事上の責任として、行為者が与えた損害を賠償する義務が生じます。
これが、開示請求の末に待っているものです。
請求される可能性のある損害は多岐にわたります。
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ライバー個人への慰謝料: 精神的苦痛に対する賠償です。
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企業の逸失利益: コラボが中止になったことで、えにから社やコラボ相手の事務所が得られるはずだった収益(スーパーチャット、グッズ販売収益など)に対する損害賠償。
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調査費用・弁護士費用: 発信者情報開示請求にかかった費用や、その後の訴訟にかかる弁護士費用など。
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企業の信用回復のための費用: 悪質なクレームにより低下した企業のブランドイメージを回復するためにかかった費用など。
被害が大きければ、損害賠償額は数百万円、あるいはそれ以上に膨れ上がる可能性も十分に考えられます。
軽い気持ちで行った嫌がらせが、人生を左右するほどの莫大な負債に繋がるのです。
「越えてはいけない一線」
なぜ、一部のファンはこのような過激な行動に走ってしまうのでしょうか。
その根底には、「推しは自分だけのもの」「推しに相応しくない相手とコラボしてほしくない」といった独占欲や、「自分が推しを守らなければ」という歪んだ正義感が存在することがあります。
しかし、その思いがどれだけ純粋なものであっても、他者を傷つけ、法律を犯す行為が正当化されることは決してありません。
その行動は「応援」ではなく、「推し」の活動機会を奪い、その評判を傷つけ、多大な迷惑をかけるだけの「加害行為」です。
では、健全なファン活動とは何でしょうか。
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ポジティブな応援を届ける
配信を視聴し、温かいコメントを送り、グッズを購入し、SNSでファンアートや応援メッセージを投稿する。こうしたポジティブな行動こそが、ライバーにとって何よりの力になります。
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「批判」と「誹謗中傷」を区別する
「ここの企画はもっとこうしたら面白くなるかも」といった建設的な意見は「批判」です。しかし、「才能がないからやめろ」「〇〇とコラボするな」といった人格否定や活動への妨害は、単なる「誹謗中傷」や「業務妨害」です。
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問題行為は公式窓口へ通報する
もし、他のライバーやファンによる問題行為を見つけた場合、あなたが直接裁きを下す(私的制裁)のではなく、えにから社が設置している通報窓口に報告するのが正しい対処法です。専門のチームが適切に対応してくれます。
あなたが本当に「推し」を大切に思うなら、その活動を支え、未来を明るく照らすような応援を心がけるべきではないでしょうか。
まとめ
今回は、「コラボ相手の事務所へのクレーム」という一見間接的な行為が、なぜえにから社の法的措置の対象となるのかを、法的根拠を交えて詳しく解説しました。
結論として、その行為は業務妨害罪や信用毀損罪に該当しうる、極めて悪質な違法行為です。
ライバー個人だけでなく、関係各社や他のファンにまで甚大な被害を及ぼすため、企業として最も厳しい姿勢で臨むべき事案の一つと言えるでしょう。
えにから社が法的措置を強化しているのは、単に悪質なファンを懲らしめるためだけではありません。
それは、所属ライバーが安心して活動し、世界中のファンに最高のエンターテイメントを届け続けられる環境を守るための、企業としての当然の責務なのです。
インターネットとSNSが普及した現代において、「匿名だからバレない」という考えはもはや通用しません。
あなたのキーボードを叩くその指先は、応援の言葉を紡いで誰かを笑顔にすることも、誹謗中傷のナイフとなって誰かの未来を奪い、自分自身を破滅させることもできます。
節度と敬意を持った応援こそが、Vtuberという素晴らしい文化を育て、守っていく唯一の道であることを、今一度心に刻んでいただければ幸いです。