「にじさんじ」からデビューしたヒーローをコンセプトとするユニット、OriensやDyticaといったグループは、絶大な人気を博し、今やにじさんじの最前線を走る存在と言っても過言ではありません。
しかし、その輝かしい人気の裏側で、一部のファンによる言動が問題視され、「にじさんじヒーローのファンは民度が悪い」という声が、SNSや匿名掲示板などで囁かれているのもまた事実です。
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「他のライバーの配信で、脈絡なくヒーローの名前を出すコメントが多すぎる」
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「男性ライバー同士を恋愛対象のように扱う、過激なファンが目立つ」
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「グッズの交換で、平気でライバーの価値を格付けするような発言をしている」
なぜヒーローのファンダム(ファンの集団)は、にじさんじの古参ファンから「あそこはファン層が違う」と、ある種の線引きをされてしまうのでしょうか。
この記事では、単に「マナーが悪い」と切り捨てるのではなく、その背景にある構造的な問題、特に「ファン層の急激な変化と文化の衝突」という視点から、この現象を解説していきます。
なぜ「民度が悪い」と言われてしまうのか?
まず、具体的にどのような行動が問題視されているのかを整理してみましょう。
もちろん、これらは一部のファンの行動であり、ファン全体を代表するものではないことを前提としてお読みください。
配信の空気を壊す「伝書鳩」と「自分語り」
これは、Vtuber文化において最も忌避される行為の一つです。
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伝書鳩(鳩コメント)
ある配信者の配信内容を、別の配信者のコメント欄で報告する行為。「Aさんの配信で、あなたの話が出てましたよ!」といったものが代表的です。
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名前出し
伝書鳩と似ていますが、より単純に、関係のない配信で特定のライバーの名前を出す行為です。例えば、MADTOWN等の大型イベントで、突然「あっ!○○(ヒーローのライバー名)だ!」とコメントするようなケースがこれにあたります。
これらの行為は、一見すると「好きなライバーを応援したい」「情報を共有したい」という善意から来ているように見えるかもしれません。
しかし、配信者や他のリスナーにとっては、以下のような理由で非常に迷惑な行為となります。
配信者はその場の空気やトークテーマを組み立てながら配信を行っています。
関係のない情報や名前が割り込むことで、話の腰を折られ、どう反応すべきか困らせてしまいます。
名前を出された側のライバーにとっても、「自分のファンが迷惑をかけている」という状況は心苦しいものです。
ファン同士の対立を煽り、最悪の場合、ライバー同士の関係性にまで悪影響を及ぼす可能性があります。
その配信は、その配信者とリスナーのものです。
そこに外部の話題を持ち込むことは、いわば「他人の家のリビングで、身内の話を大声で始める」ような行為であり、多くのリスナーに不快感を与えます。
ヒーローのファンダムでは、この傾向が特に強いと指摘されています。
これは、彼らを応援したいという熱量の高さが、皮肉にもマナー違反という形で現れてしまっているケースと言えるでしょう。
現実と創作の境界線が曖昧な「過度なコンビ推し」
男性メンバーで構成されるユニットにおいて、メンバー同士の仲の良さや関係性(いわゆる「てぇてぇ」)は、ファンにとって大きな魅力の一つです。
しかし、その「推し方」が行き過ぎてしまうと、問題に発展します。
いわゆる「カップリング(CP)文化」や「腐女子文化」と呼ばれる、キャラクター同士の恋愛関係を創作して楽しむ文化は、多くのジャンルに存在します。
それ自体が悪いわけではありません。
問題は、その創作と現実の境界線を見失い、ライバー本人にまでその価値観を押し付けてしまう一部のファンの存在です。
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本人へのコメント:
配信中に「〇〇(コンビ相手)のことが好きなんだね」「今の発言は彼氏へのメッセージ?」といった、恋愛関係を前提としたコメントを送る。
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理想の強要:
ファンが理想とする関係性から外れた言動をライバーが取った際に、SNSなどで批判したり、失望を表明したりする。
ライバーたちは、ファンが作り上げた物語の登場人物ではありません。
彼らにはそれぞれの人格があり、リアルな人間関係があります。
ファンの行き過ぎた妄想や理想の押し付けは、彼らの自由なコミュニケーションを阻害し、大きな精神的ストレスを与える、非常に配慮に欠けた行為なのです。
ライバーを傷つける「グッズのレート」問題
人気ユニットの宿命とも言えるのが、グッズをめぐる問題です。
特にランダム商品(缶バッジやアクリルカードなど)の交換・売買において、「レート」という概念が持ち込まれることがあります。
「レート」とは、市場原理に基づくメンバーごとの人気格差を指します。SNSの交換募集で、以下のような投稿が見られます。
「【求】A(人気メンバー) 【譲】B、C(定価以下で取引されるメンバー) ※B、Cは複数提供可能です」
この発言は、悪気なく行われているのかもしれません。
しかし、この「レート」という言葉が公の場で使われること自体が、Vtuber文化では強い拒否反応を生みます。
なぜなら、それは「あなたの推しより、私の推しの方が価値が高い」と公言しているのと同じだからです。
レートが低いとされるライバー本人や、そのライバーを純粋に応援しているファンが見たとき、どれほど傷つくかは想像に難くありません。
ライバーは商品ではなく、一人ひとりが尊厳を持った人間です。
その価値を人気や金銭で格付けする行為は、彼らの活動そのものを軽んじる行為と見なされても仕方がないでしょう。
問題の根源にある「ファン層の変化」
では、なぜヒーローのファンダムで、これらの問題が特に目立つのでしょうか。
多くのにじさんじ古参ファンが口にする「あそこのファンは、今までのVtuberファンとは違う。アイドルのファンに近い」という言葉が、その答えを解く鍵となります。
にじさんじヒーローの成功は、従来のVtuberファン層だけでなく、これまでVtuberに馴染みのなかった「アイドルファン」「2.5次元俳優ファン」「女性向けゲーム・アニメのファン」といった、全く異なる文化圏のファンを大量に引き込みました。
問題の本質は、どちらの文化が優れているかという話ではありません。
異なる文化圏の「常識」や「応援スタイル」が、Vtuberという文化圏にそのまま持ち込まれることで、深刻な「文化摩擦(カルチャー・クラッシュ)」が起きているのです。
熱量の向け方の違い
アイドル文化において、自分の「推し」の素晴らしさを広める「布教活動」は、ファン活動の根幹をなす重要な行為です。
SNSで魅力を語り、友人におすすめし、様々な場所で話題に出す。
この熱量が、アイドルをスターダムに押し上げる原動力となります。
しかし、この「どこでも推しをアピールする」というスタイルが、Vtuberの配信コメント欄という「他人の家」で行われたとき、それは「布教」ではなく「迷惑行為」に変わってしまいます。
Vtuberの配信は、あくまでその配信者が主役。
リスナーはゲストであり、場の空気を読むことが求められるのです。
関係性の楽しみ方の違い
アイドルグループでは、メンバー同士のコンビや関係性は「公式からの供給」として積極的に提供される、重要なコンテンツです。
ファンはそれを元に想像を膨らませ、楽しむことが文化として定着しています。
一方で、Vtuberは(ユニットであっても)基本的には「個人」の集合体です。
彼らの関係性は、運営に作られたものではなく、彼ら自身が築き上げたリアルな人間関係です。
そこにファンが土足で踏み込み、自分たちの創作や理想を押し付けることは、彼らのプライベートな領域を侵害する行為に他なりません。
グッズの価値観の違い
前述のグッズの「レート」も、アイドル文化圏ではごく当たり前の概念です。
人気メンバーのグッズ価値が高くなるのは市場原理として当然であり、それを前提とした交換は合理的な手段とされています。
しかし、一人ひとりが独立した配信者であるVtuberの世界では、この「人気格差の可視化」が極めて残酷な形で作用します。
レートという形で示される露骨な人気の序列は、ライバーの心を深く傷つけかねない、非常にデリケートな問題なのです。
なぜヒーローに新たなファン層が流入したのか?
この文化摩擦は、偶然起きたわけではありません。
にじさんじの運営元であるANYCOLOR社の戦略が、意図せずしてこの状況を生み出した側面があります。
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ユニット単位でのデビューと統一された世界観
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キャラクターデザインのクオリティの高さ
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デビュー当初からのオリジナル楽曲や3Dライブの展開
これらの戦略は、ヒーローたちを単なる「配信者」ではなく、「キャラクターコンテンツ」「アイドル」としてプロデュースする色合いが非常に強いものです。
この売り出し方が、これまでVtuberに興味のなかった新たなファン層の心を掴むことに見事成功しました。
ビジネスとしては大成功と言えるでしょう。
しかしその一方で、異なる文化を持つファン同士が共存するためのガイドラインや教育が追いついていないのが現状であり、それが今日の混乱の一因となっています。
まとめ
「にじさんじヒーローのファンの民度が悪い」という言葉は、多くの場合、急激なファンダムの拡大によって生じた「文化の衝突」を指しています。
問題はファン個人の資質というよりも、異なる応援スタイルが混在する、コミュニティの過渡期ならではの現象と言えるでしょう。
もちろん、大多数のファンはルールとマナーを守り、純粋な応援を続けています。
しかし、一部の目立つ行動が、ファンダム全体の印象を下げてしまっているのは非常に残念なことです。
この問題を解決するために必要なのは、一方的な批判ではありません。
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新規ファンは、Vtuber文化に古くから存在する「暗黙のルール」(鳩の禁止など)を学び、尊重する姿勢を持つこと。
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既存ファンは、新規ファンの熱量を頭ごなしに否定するのではなく、なぜその行為が問題なのかを冷静に伝え、文化の違いを理解しようと努めること。
そして何より、ライバー本人たちが最も望んでいるのは、自分のファンが他の誰かを傷つけたり、迷惑をかけたりすることなく、みんなで楽しく活動を応援してくれることです。
自分の行動が、愛する「推し」の顔に泥を塗る行為になっていないか。
その行動は、ライバー本人や、他のファンへのリスペクトに基づいているか。
応援の形は人それぞれですが、その根底にあるべき「他者への配慮」を忘れずにいることが、この文化の衝突を乗り越え、より成熟で健全なファンコミュニティを築くための唯一の道なのかもしれません。